雲を掴むような

ハタチ。 人生をブログにしています。

11/1

11月???早すぎる。毎日日記を書いてから日付というものを意識するようになり、月の変わり目に毎回驚かされる。これを後何回、何100回と繰り返して、寿命が尽きるのだと思うと人間の命の儚さを感じてならない…濃く生きよう…

 

今日はやっと体調が回復して、なんとか健常者の生活をすることが出来た。

 

ここ数日胃痛がするなどと言っていたが、昨日は胃痛腹痛が3割増で酷く、そのせいもあって全く眠れる事が出来ず…その悪循環に陥っていたら熱まで出てしまって散々な目に遭った。

それでも予定が詰まっており別日に変更出来なかったので完遂した。昨日の自分はとても偉かった。

 

精神も肉体もボロボロなのに頼れる親も居なければ頼れる友人もおらず(本当は自分が「誰かを頼る」という行為が出来ないだけなのだが…)、心の底から孤独を感じた。

電車に乗っている仮装した梅毒予備軍達が憎くて憎くて仕方なくなって、そんな自分にも心底嫌気がさした。

 

昨日はそんな日だった。どこかではきっと恋人が出来ていたり、プレゼントを渡されていたり、友人と笑いあったりした素敵なイベントの日であったのだろうか。

同じ一日なのに、自分は10/31が憎くて仕方がなかった。世の中の全てが憎くなってしまうほど憎かった。ハロウィン反対派のインタビューの動画を載せたツイートに「そんな事言ってないで人生楽しく生きようよww」とリプを送っている人を見てしまった時に、涙が出てしまった。

人生楽しく生きたいよ…

 

自分はSNSに向いてない。辞めようかな…

 

私の1番仲のいい友達はTwitterInstagramをやっていないし、LINEの友達も本当にごく1部しか意図的に追加していない。SNSのストレスを断ち切る為に全てのアカウントを削除したのだ。その覚悟と決意を心から尊敬していて、いつか自分も…と思って気付けば2年程そのままだ。

確実にSNSが持ってきてくれる有益とストレスを比較した時に、後者の方が大きい気がする。

今のネット社会でSNSを断ち切るというのは社会的な立場を失うようで、人との関係を断ち切るようで、やはりどうしても勇気が出ない。

SNSを辞めたくらいで失うようなものは大して大切なものでは無いのだろうけれど…

とりあえずSNSの通知を切った。

 

さて、今日。1日経って、少し俯瞰的に世界を見れるようになったが、それでもやはり10/31が憎い。朝起きて、ハロウィンの渋谷の映像や逮捕者のニュースを見て、とても残念な気持ちにさせたから…

渋谷ではしゃぐ人達のために使った国の1億円は、公務員の時間は、結局逮捕者を0にする事は出来なかったし、街を汚さない事にも少ししか繋がらなかった。ハロウィンで得られるであろう経済効果を1億円使って減らしただけのようにしか思えなかった。

 

妬みじゃなくて客観的に見てもそうなんだと、日本の0.00数パーセントの梅毒予備軍の為に99パーセントが憂いたんだと思っていたが、学校で話した限りではそんな事はなかった。

やはり世界の幸福と不幸はプラスマイナスゼロになるように出来ているのか……?

背負わなくてもいいのに彼らのプラス分マイナスを勝手に背負っているのではないのか、だから「考えすぎだって」で、「人生楽しく生きればいいのに」なのではないか。

 

思えば自分がなにか具体的な被害を被った訳では無いのだ……

何をこんなに憂いているのだろうか??分からなくなった。

色んなものを憂いていたら1週間があっという間に終わっていた気がする。

 

今日は課題も3時間頑張ったし週末だし、と思ってアイスを食べた。世の中に絶対は存在しないというけれど白くまアイスの美味しさは絶対的だと思った。

世の中の不幸を無駄に背負い込まない人になりたいと思ったけれど、人の痛みが分かる人間でありたいから別に良いやと思い直した。

せめて白くまアイスの美味しさとか、いつまでも些細な幸せに気付ける人間でありたい…

 

YUMEGIWA GIRL FRIEND / 夢の際で