雲を掴むような

ハタチ。 弱い。人生をブログにしています。

6/27

自分は「普通」になりたかったです。普通に恋して普通に遊んで普通に楽しくて普通に進学して就職して結婚して子供が出来て、、、、という道の事を勝手に普通と言っています。なぜならその道が大多数で、その人たちは何だかんだ幸せそうだからです。

少なくとも、親に敬語なんか使ってないだろうし、毎日預金通帳を見て悲しい気持ちになったり、夜中に精神を病んで眠れなくなってライターで髪の毛を炙ってみたり、ストレスで胃が死んで嘔吐しまくったりしてないだろうから…

「普通の大学生」になりたくて、軽音のサークルに入ってみた時期があったけど、気持ち悪すぎて辞めてしまった。彼らは酒と睡眠と金とタバコとSEXのことしか考えてなさそうだった。ほぼ海賊ですね。それは海賊に失礼ですね。海賊の皆さんすみません。

ちなみに軽音サークルの部長になんで辞めるんですか?って聞かれたときに「音楽が好きなので辞めます」って言った。ちょっと我ながらROCKだったね。世の中はロックがロックじゃないかだって荒川アンダーザブリッジの星が言ってた。ロックがロックじゃないかを考える時点でロックじゃないとは思いますが…

なんでこんなに普通に固執してるのか考えたのですが、きっと自分は親と仲良く話したり、友達とゲームをしたり…という生活、友達の家庭の一般的な生活に小学校の頃からずっと憧れてたんですよね。家庭って一生に響いてくるんだな…それを考えたらほんと家庭なんて持つ自身ないです。子供が「親ガチャ」の話なんてしてる事考えたら死んでしまう。子供に愛情いっぱい注いであげたいけど、甘やかされて社会に迷惑をかける様な人間になって欲しくない。強くて優秀な人間になって欲しい。その為に、自分も父親にやられたように「教育」をしてしまうのかもしれない。その方法しか子の育て方を知らない。本当に嫌だ。でも生涯孤独は嫌だ。助けてくれ…

 

でも一方で、人とは特殊な経験をしたからこそ、それを活かして特別なことをしたいという気持ちもある。根底にあるのは自分には何か出来るというヒロイズム的思想なのかとは思いますが…

普通になりたいと普通になんてなりたくない、がぐちゃぐちゃに混在している。普通になろうとしても病んでしまうだろうし、特別になろうてしてもきっと病むんだろうね。お先真っ暗で困る…どう世の中の人は折り合いをつけるんだろう?諦める事が大人になることでそれが普通なんだろうか?「人生楽しんだもん勝ち👊」とツイッターのプロフィールに書いてる人になりたいし、そんな人種には絶対なりたくない。いや、多分普通なんてないんだろうね。普通って自分の思い描く一般への偏見なんだろうね。「人生楽しんだもん勝ち👊」の人は末期ガンを患っており、苦悩の末にそこにたどり着いたのかもしれない。

一生自分は「これで正しいのだろうか」と思いながら生きるんだろうなぁ。でも何も考えずにダラダラと生きるよりずっといいかな。君は生きる事に真面目すぎるんだよ…って言われた時に悪い気はしなかった。それを言ったのは軽音部の梅毒持ってそうな人クソチャラだった訳ですが。

その言葉を信用して初対面の人の事を「君」って呼ぶ人間に純血を捧げなくてほんとに良かった…家に呼ばれてすら守り抜いたこの貞操観念、大正時代の乙女か?

 

生きることに真面目でいたいな〜…よくよく考えたらこの言葉、amazarashiの歌詞の受け売りじゃん。今気づいた。

 

僕が死のうと思ったのは / amazarashi