雲を掴むような

ハタチ。 弱い。人生をブログにしています。

10/16

起きたときからずっと咳っぽい。風邪だろうか。思い当たる節はたくさんあるなぁ…

 

健康とは本当に大切なものだ。全ての苦労した人間が「自分の体が一番大事」というが、やはりそうなのだと思う。だってそれだけ多くの先人達が言っているのだから。

生物の根源的なものは全て「生きる」という所にあり、生物最大の恐怖は死。いくら死にたいとかって言っても結局中々死ねない。死ぬのは怖いもの。それは事実…

 

台風が来たとき、結局みんな「生」にしがみついているのだなぁと分かった。病気が分かったときとかもきっとそんな感じなのだろう。

 

なぜそんな事を思うかというと、実家で父が倒れたから。今日、突然頭に包帯を巻き病室で寝てる父の写真と「お父さんNOW!!」というLINEが妹から送られてきた。NOWじゃないわ………

 

緊急手術と10日の入院だそう。幸い命に別状は無いみたいだ。

 

自分は父をずっと憎んで育ってきたのだが、やはり父が死にかけてる様(全然命に別状は無いが)を見ると恐ろしく悲しい気持ちになった。

早く死ねよ、とは思えなかった。だって結局家族だし。死ぬのって怖いし。

 

20歳になる直前、実家に帰って父と母に「自分はこの家に生まれてきた事を呪っていた」という話をした。それが唯一の呪いを解く方法だと思ったから。

勇気を出した甲斐があり、少しずつ自分と家族の関係は修復されつつはあるのだ。

だから、生きてる父と母に、どうだ私は幸せになってやったぞ、羨ましいだろう、という顔を見せるまでは父と母には生きて欲しいものだ。

最高の復讐。

 

自分も生きねば。こんな睡眠の仕方をしたり、不摂生をしたり、煙草を吸ったりしていてはいけないなぁと思った。最近肌荒れが酷くなってきたし。

肺癌とか脳卒中のリスクが2倍になろうが4倍になろうが人間は死ぬ時は死ぬ!その時は諦め!と思っていたのだが、実際に診断されたら本当に過去の生活態度を悔やむのだろうなぁと思った。

 

少しずつ、健康になります…

 

 

 

 

大学に昼に行った後、帰り道TSUTAYAで本を読み、その後友人と居酒屋で話をした。

 

我らが鳥貴族、本当に素晴らしい。

今日は体調が悪かったので、あらかじめ友人に断った挙句キャベツだけ食べてた。友人と2人で5.6回お代わりをした。

 

キャベツと、ドリンク3杯。一品298円だから4品で1000円ちょっと。なんと安いのだろう。

お金のない人間の味方。

 

初めてキャベツだけで過ごす鳥貴族をやったが全然やっていける。ずっとキャベツだけで鳥貴族に何時間も居る飲みをやってみたかったのだが、気を遣わないでそういうことが出来る人間が周りに中々おらず出来ていなかった。

 

大学で出会った人の金銭感覚はおかしい。「飲みで3000円は当たり前」とか…

自分はなぜ居たくもない場所でお腹いっぱいも食べれず3000円支払わなければならないのか、と思ってしまう。

自分は断れない八方美人なのでそういう飲みは大体参加してしまうのだが、3時間分の労働、もしくはラーメン4杯に見合ったと思うことが無い。

 

そりゃあ住み場所も携帯代も何もかもお金貰って、その上で仕送りという名のお小遣いまで貰っちゃって、バイトまでしてるんだから金が浮くよな…

でも自分はそういう人間ではないので…

 

身の丈に合った遊びがしたいな。金銭感覚が合う人と仲良くする、というのは本当に大切だ。大学生の平均よりも、ずっとずっと金銭に敏感な人間なのだから……

後で病んでしまうくらいなら、ちゃんと行きたくない遊びは断ろうと思った。

 

 

飲み会、でもう一つ今日気づいた事がある。

自分は例えば2人で飲むとなった時、相手が何杯ドリンクを頼み、料理を頼み、そのうち自分が何%を食べたかをずっと気にして、その上で自分も注文を行い、最終的に相手よりも一品、500円分くらい少ない、位で会計に持っていく、という行為を毎回行なっているという事に改めて気付いた。

 

割り勘という概念、とても面倒くさい。自分で食べた分の品は払うから、あなたが食べた分はあなたが払って欲しい…会計別にして欲しい。

だってそこに先輩後輩がどうとか、男が女が…とか、所得が……とか、生まれるの嫌だもの。絶対に優しい人が損をするし。フェミが「会計で女に払わせる男(笑)がさ〜」って言うし…「今日はお礼に奢るよ!」みたいな気持ちいい奢りとかならいいけど、言葉に出さない割り勘戦争をするのが嫌だ。

 

割り勘で相手が損をしないように、嫌な気持ちを孕まないように、と毎回考えている。

考えて考えた上で結果自分が損な立ち回りに立つ。

優しい人間が損をする世界、なんと世知辛いのだろう…まあ、こういう行為に気付いている人なんていないし、この行為自体がエゴなのだから別にいいのだけれど。

 

大事なのはおおらかな気持ちですよね…端数は自分が出すよ、って言って、いやいやいいよ自分も結構食べたし、って言って。いやいや大丈夫、って言う、みたいな過程が大事なのだ。

私は文系の人間だから、合理よりも気持ちを大切にしたい。

 

まあ自分がその行為に違和感を抱いている時点で「気持ち」で負けているのだが。 

 

優しい人になる為にはお金が必要なのかもしれない。

しかしお金を稼ぐには優しい人は不向き…バリバリのイケイケが金を稼いで得たものが、心の余裕だとするのならば、この優しい気持ちは「心の余裕」ではない何かなのだろう…

 

人に与えた優しさは後で自分に返ってくるという。まだしっかり返してもらってないのは、きっと今までの自分の行為は優しさではなくエゴだからなのだろう。

それが優しさになり、いつかそれが知らないうちに返って来るようになるまでは死ねないな…

 

いっぱいいっぱいになりながらも、優しさを見せれる人を愛したいな。そう言う人の味方になりたいと思った日でした。

 

 

 

Helsinki Lambda Club / this is a pen.