雲を掴むような

ハタチ。 弱い。人生をブログにしています。

11/11

お久しぶりです。いちかです。

休みますと宣言したのをいい事に「週末」という言葉がカバーしてくれるギリギリのラインまで休みました。

今まで4ヶ月以上欠かさず更新し続けてきたものを休むのだから罪悪感や違和感があるものかと思っていたのですがそんな事は全くなく、割と変わらない生活をしていました。

また毎日更新再開するのでお時間ある時に見て頂けると幸いです。

 

日記を休んでみて、日記を書こうが書かまいが、自分はやらなければやらないことを直前までやらないし、でも直前にはちゃんとやれる人間だということが分かった。日記を書かなくなった30分で勉強したかと言われればしてないし、かと言って勉強しなかったかと言われたら前日にちゃんと徹夜で勉強して結果も出したし、レポート類も全部出した。偉い。出来る、出来ないとかじゃなくてやり切ったのが本当にえらいのだ。

 

やるやらない論争に直前すると、「人は○○があるから出来ない、などとやらない理由を探す。結局やるかやらないか、時間を捻出できるかできないかは自分次第」という大嫌いだった大石先生(中学の担任)の言葉を思い出す。

DMで商売の話をもちかけてくるお兄さん達とかにもよく言われる。

 

こんな言葉を真に受けていたら、こんな言葉が世に当たり前に流通していたら世界は滅んでいきませんか…?

「○○があるから出来ない」って時、本当にあるじゃないですか。

中学生のあの頃の私は本当に出来なかったもの。親に相談も、どこかに逃げ出すことも、立ち向かう事も、夜早く寝て朝早く起きる事さえ出来なかったのだ……

 

出来るか出来ないか、は本人しか分からないもので、やるかやらないかも本人が決める事だから。自分はそれを他人に絶対に指図されたくないし、無意識にでも絶対に他人にそういう圧力をかけないようにしようと思った。

無理な時は無理だし、やりたくない事はやりたくないし、その位のスタンスで行きたいと思った。

 

 

あと、日記を書くようになってから、日常の些細なことも「これはよく考察して日記に書こう」というメタ的な観点での生活をしていたような気がしていたが、物事に関して必要以上に考えてしまうのはメタ的な観点ではなくただの性格特性だったことが日記をやめて分かった。

 

そんな私が好きだ、とはならないし嫌いかと言われれば嫌いだが、きっとこうやって虫眼鏡に近い色眼鏡をかけて色んな事を凝視する癖が、いつかその眼鏡が外れた時にいい作用を及ぼして欲しいなぁと思う。

 

結局、人間ひとつのコンテンツを失ったとて人間味に変わりはないんだなぁということをこの一週間でひしひしと感じた。あと自分は意外と日記を書くのが好きなんだと知った。

 

スマホをなるべく使わない日々がどうだったとか、新しく買った本とか、最近リリースされたCDが良いとか、1週間で書きたくても書けなかったことが沢山あるのだが、今日は眠いので少しずつ毎日日記の中で消化していこうと思う。

睡眠時間が整ったのが、この一週間の成果ですね…スマホを見ないで本を読むと割と寝れます。スマホ減らす生活、多読生活、いい事しかないのでこれからも続ける所存です。

おやすみなさい。