雲を掴むような

ハタチ。 弱い。人生をブログにしています。

下足天

 子供の頃、仲の良くなかった私の家族は「家族で外出」なんてほとんど無かったが、約2ヶ月に一度家族でショッピングモールに行くのは何故か欠かさなかった。

 田舎者にしか分からないのかもしれないが、地方都市は大型ショッピングモールが買い物全ての覇権を握っており、田舎者は定期的にそこに服や雑貨などをまとめ買いをしにいく風習があるのだ。

 私はその行事があまり好きではなかった。片道1時間の道のりで車内はほとんど無言だし、妹が私の苦手だった西野カナを流し続けるし、ショッピングモールに着くと、家族は「解散」して各々の買い物をするから。父はアウトドア用品店へ行き、母は妹を連れセールの服を探し、私は本屋かヴィレヴァンタワレコに行く。ショッピングモールには家族や恋人や友達とワイワイと楽しんで買い物をする姿がどこかしこにあって、そんな人達全てを妬んでいた。待ち合わせの時間までなけなしのお小遣いで時間を潰すだけの、寂しい時間だった。

 待ち合わせは決まってフードコートだった。出掛ける前にいつも「今日何が食べたい?」と母が私と妹に聞いてくれるのだが、私と妹は決まって「フードコートがいい」と言っていた。フードコートならば誰かが「これを食べたい」という意見を我慢をする必要も、主張する必要もないという事を中学生ながらに思っていたのだ。フードコートに集まって、母から千円札を貰って、みんなが別々のものを買ってきて、お釣りを母に返す。全員が食べ終わったら、家に帰る。それが私たち家族の外食だった。

 私は決まってはなまるうどんを食べた。「うどんが好き」と言っていたが、フードコートの中で一番安価で、はなまるうどんなら父から疎ましく思われないだろうと考えていたのが本当の理由だった。トッピングの天ぷらは無しで、大量の天かすを添えた温玉ぶっかけうどんを食べていた。

 中2の頃だったろうか、父がそれを見て突然「げそ天美味いから食べなさい」と言ってげそ天を乗せてくれたことがある。今思えば、そんな私を察して不器用ながら気を遣ってくれたのかもしれない。とてつもなく大きくて、サクサクで、コリコリして、美味しかったのを覚えている。その日を境に、私の2ヶ月に一度の家族の外食はげそ天うどんにになった。

 高一で実家を離れてから「家族でフードコート」をしておらず、はなまるうどんとは疎遠になっていたのだが、今日1人で街を歩いていたらはなまるうどんがあったので、そこでお昼を食べた。5年ぶりにげそ天を見たら、思ったよりも小さかった。自分が大きくなったからか、父から貰ったげそ天が大きく見えたからか、物価の高騰などがげそ天のサイズを小さくさせたのか、それは分からなかった。

 期間限定の 生姜玉子あんかけうどん を食べた。悩んで結局げそ天も乗せた。うどんが好きと勘違いしていた母が、私が体調を崩した時に毎回作ってくれた優しいうどんの味がした。げそ天はあの時の味がした。美味しかったが、あの当時は概念すら分からなかった「胃もたれ」をする感じがして、歳をとったなぁと思った。

 そういえば、父もいつもはなまるうどんを選んでいた気がする。母は妹が選んだ店の料理を食べていた気がする。ぼやけてよく思い出せないけど、思い返したらそんな気がした。