雲を掴むような

主に本のことや自己満足の日記を書いています

12/19

悪寒がするしボーッとする(気がする)。さてはインフル……?バイトもレポートも山積してるし、お金は無いし、帰省もあるし今倒れてしまったら本当に「ヤバい」のだが…ヤバいという言葉は浅はかなのであまり使いたくないのだが、「ヤバい」が今の状況に最も近い。そういった言葉を多用してゆとり現代っ子と思われたくないなぁ。今の学生は顕著に国語力が下がっているらしい。スマホがあれば本も読まないだろうし手紙も書かないだろうし、妥当な退化だと思うけれど、読書で小中学校時代をやり過ごしていた自分からすれば読書離れは寂しい。本に学ぶことも救われることも、特に無知な小中学生時代には沢山あると思うから。そんな今だからこそ言葉を大切にしていきたいな。家に帰ったら本を読もう。

 

体調を崩しても仕方が無い生活をしているので自業自得としか言い様がない。栄養のあるものを食べてないし、ちゃんとぐっすり眠れてないし、風邪予防など全くしていなかったし。そもそも東京の満員電車に毎日乗っていて、大学で何百人何千人と通りすがっているのだからインフルの病原体所持者を意図的に避けるなど無理に決まっているのだ。

 

前回の春休み、インフルになって心の底から後悔した日々を思い出した。一人暮らしで、周りに頼りにできる人が誰も居ない状況でインフルになるのは極寒の山奥で遭難するが如く苦しかった。孤独で、動きたくても動けなくて、食べれるご飯も作れなくて、病院に行くまでの道で気絶しかけたのを覚えている。そんな状態に毎年なりたくない。

家族へのコンプレックスからか「1人最高!」なんて思っていたが、結局そんなのは強がりでしかないのだと分かった。「孤独感」というのは人間にとって最も苦しいものなのだと思う。最近ずっと孤独感と闘っているので、体が弱ると孤独感に負けそうになる。「自分が周りの人とどういう関係を作りたいのか分からない」のも「認めて欲しい」のも「家族へのコンプレックス」も「将来への不安」も「自分がブログを書く理由」も、全部全部孤独感と闘っているところにあるのだと思う。

 

今日オナマシイノマーさんが亡くなったニュースを見て、涙が出た。人は死ぬ、という事をまた突きつけられた。イノマーさんの人生は幸せだっただろうか、そんなものは考えるのも烏滸がましいしイノマーさんにすら分からないだろうが、どうしても考えてしまう。多くの人に悲しまれて、見守られて、亡くなったイノマーさんはどんなことを思ったのだろう。

 

孤独との闘いは死との闘いだと思う。裏を返せば、死との戦い、孤独との闘いとは生きるということなのだろう。生きている全てのものが孤独と闘っていて、孤独と闘うそれぞれが、孤独に勝つために一緒に居るのかもしれない。

物質的にではなく、精神的に孤独を埋めてくれる存在があればきっと無敵なんだろうな、と思う。孤独を生きてていいんだよと言ってくれる人、自分が生きている事を認めてくれる人が欲しいのかもしれない。そんな人に一生のうちに出会えたらいいな。

 

サンボマスター / 美しき人間の日々