雲を掴むような

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である

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朝起きたら体も喉も完全にボロボロになっていて、昨日のライブとテスト期間の1週間で全ての力を使い切ったのだと知った。なのにバイトはある。自分の計画性の無さには呆れ果てる………

 

惰性でダラダラとバイトをして、夕方家に帰ってすぐに力尽きた。起きたら深夜の3時だった。11時間くらい一度も起きることなく寝たので頭痛がした。生活リズム直していかなきゃならないのに全然このリズムから抜けられない。きっとまた明日(今日?)もお昼くらいに寝るんだろう………日付感覚がなくなっている。昨日学校だったのに明日も学校ってマジですか………?

 

起きてからやることがなかったのでベットに寝転びながらあしたのジョーを読み返した。力石が減量するシーンと、矢吹が紀子に「矢吹くんは寂しくないの?」って聞くシーンが大好きで、そのシーンを見返す為に全部の話を読んでしまった。この話の美しさはあの時代風景のあの画風でしか表せなくて、きっと今の漫画ではなかなか表現出来ないんじゃないかと思う。

 

「矢吹くんは・・・・さみしくないの?同じ年頃の青年が海に山に恋人と連れ立って青春を謳歌しているというのに」 

「・・・」

「矢吹くんときたら、来る日も来る日も汗とワセリンと松ヤニのにおいがただよう薄暗いジムに閉じこもって縄跳びをしたり、柔軟体操をしたり、シャドーボクシングをしたり、サンドバックをたたいたり・・・たまに明るいところに出るかと思えば、そこはまぶしいほどの照明に照らされたリングという檻の中・・・。たばこの煙が立ち込めた試合場で酔っ払ったお客にヤジられ、座布団を投げつけられながら闘鶏や闘犬みたいに血だらけになって殴り合うだけの生活・・・しかも身体はまだどんどん大きく伸びようとしているのに体重を抑えるために食べたいものも食べず、飲みたいものも飲まず・・・惨めだわ、悲惨だわ、青春と呼ぶにはあまりにも暗すぎるわ!」

「ちょっと言葉が足らなかったかも知れないな・・・。オレ、負い目や義理だけで拳闘やってるわけじゃないぜ。拳闘を好きだからやってきたんだ。紀ちゃんの言う青春を謳歌するってこととちょっと違うかも知れないが、燃えているような充実感は今まで何度も味わってきたよ。血だらけのリング上でな。そこいらの連中みたいにブスブスとくすぶりながら不完全燃焼しているんじゃない。ほんの瞬間にせよ、眩しいほど真っ赤に燃え上がるんだ。そして、あとには真っ白な灰だけが残る・・・。燃えかすなんて残りやしない、真っ白な灰だけだ。そんな充実感は拳闘をやる前にはなかったよ。わかるかい、紀ちゃん。負い目や義理だけで拳闘をやってるわけじゃない。拳闘が好きなんだ。死に物狂いで噛み合いっこする充実感がわりとオレ、好きなんだ。」

 

あしたのジョーは「明日をどう生きるか」という凄い深いテーマを考えさせてくれる。明日も今日と同じ日が続くかもしれないし、明日死ぬかもしれない。そんなことは誰にも分からなくて、ただ今の自分に出来ることは今日をめいっぱい生きるだけなのだ……と思った。

 

今日なのか明日なのか日付感覚すらない私に突き刺さった。明日から頑張るのではなく、今日だけ、今日だけは頑張るということに気づけたものにだけ明日が来るのだとチンチロのおじさんも言ってたなぁ。頑張らなきゃ。

 

忘れらんねえよ / 僕らチェンジザワールド