雲を掴むような

独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である

2/17~19

2/17に長めに書いた日記がはてなブログの更新バグで無くなってしまって、モチベーションを取り戻すまで3日程かかってしまった。死んだ訳では無いです…ギリギリ生きてます。

 

ギリギリ、という所をどう説明すればいいのかはとても難しいのですが、最近「淵」にいる事が何となく分かる。2/17の日記で、その辺を沢山書いて自分なりに上手く言語化できた気になって満足していたのですが、更新バグによって全部無くなってしまい…思い出して書こうとしたけど、前書いた時の方が上手く言語化出来てたなぁとか、そもそもこんなの書く意味があるのだろうかとか、色んなことを思って結局辞めた。

 

ここ3日もバイト、研究所、バイトで計25時間勤務だった。研究所は給料が発生していないから、勤務とは言わないかもしれないけど。

勤務時間を計算したら、2月の今日までで120時間勤務していた。これからあと60時間働く。労基もニッコリ…社会に出れば~とかそんなの甘いとか、そういう相対の話は別に良くて、ただただ私にとって辛いという話でして(予め炎上しそうな所には予防線を張っておきたくなる性分なだけなので気にしないで下さい)。

3月の給料日は美味しいものを食べよう。給料日をカレンダーで確認したら、「ワニくん命日」と書いてた。🐊くん(;_;)(;_;)

ワニくんのような優しくてそれ故に自意識が高めで内向的な人、どうしようもなく愛おしい。幸せになってもらいのに、「死」という終わりが確定しているのあまりにも辛い。それは私自身にも言えることなんですけど…

自分、中学3年の時に死ぬ予定だったはずなのに、なんだかんだいって結局ここまで生きていて、それなのに定期的に死にたいって思ってるの凄い馬鹿みたいだ。生きるなら生きるで、生きなきゃ……

 

心配にさせたくないとか、自分を充実してると言い聞かせたいとか、そういう事を思ってここしばらく辛くても日記では「疲れたけど充実してます!」って感じで書いていたけど、やっぱり最近働き過ぎて辛くて、でも働かなきゃいけなくて、そういう葛藤の中で、自分の家族を始めとした境遇への憎悪とか、過去の苦しみへのしがらみとか、周りへの苛立ちとかが大きくなっていている。なんでこんなことをしているのだろうとか、将来本当はどうしたいのだろうとか、今これをやっていて本当にいいのか、とか疑問や不安が絶えない。奨学金の通知が届いたり、研究所で権威ある人と話させてもらったりする度、自分は失敗しちゃいけない、頑張らなきゃいけないという焦燥感やプレッシャーが募ってくる。勉強しなきゃとノートを開くけど、文字がゲシュタルト崩壊してきて何も頭に入ってこなくて、自分はなんて情けないのだと苦しくなる。家の前の道路を交通整備している60代位のお婆さんを見る度に、自分は年老いた時に何が残っていて、何を思ってどんな事をしているのだろうと考えて動悸がするし、駅のホームに立っていれば後ろの人に突き落とされる事ばかり考えてしまう。夜眠れなくて体調が悪くて、ご飯も気持ち悪くてあんまり食べれない。そんな状態でも朝は来てそのまま家を出て仕事に行かなきゃならない。ここ1週間くらいそんな日々を繰り返していて、「淵」なわけです…

 

死にたいって思っている事を俯瞰的に見れているのでまだまだ大丈夫だし、病院の予約もしたので、不眠などに関してはある程度改善されると思う。3月のバイトもちょっと減らしたし、今週の土曜もお休みを貰った。

 

休養することもまた、戦うことなのです、、、そういうのを言ってあげる側にならなければならないのに、馬車馬のように働いて案の定身体を崩してるの、ADHD特有の計画性の無さでしかない。でもまあ、休みたくても休めない状況とか、今の心の苦しさとか、明らかに何も分かって居なさそうなのに心理師を目指している人を大学で何人も見てきて、そういう人よりかは、もしかして私は優しい人になれるんじゃないかと思えば、今トイレの中で蹲りながらこれを書いてるこの時間も、報われるんじゃないかと思っているわけです…

 

[Alexandros] / Kiss the damage