雲を掴むような

主に本のことや自己満足の日記を書いています

5/8

昼頃、バイトをしていると父から突然「車で迎えに行ってやってもいいから帰ってきなさい」と連絡が来た。今私はキッチンや水周りが共用の寮のような所に住んでいるのだが、それだと感染の確率が高く住居者の感染が分かると大変な事になるからそこに住まないで欲しいとの事だった。どうした父?そんな事を言うような性格じゃないのでとても驚いた。父なりに思う所があったのだろう…まあ今が鬱っぽくヒステリーな状態なのか、母に涙の訴えをされたのか、そんな所だろうけど…

この状況があと何ヶ月も続くだろうし今の場所を出たいとは考えていたが、あまりにも唐突な話で困る。何より東京から田舎に帰る事は情勢的に正しい事とは思えない。帰るならもっと早くに対応するべきだった。

そんな事をLINEで言い続けていたら家族会議をすることになり、久しぶりに家に電話を掛けた。バイアスが掛かっているからだろうが父の声も母の声も老けた様に感じて、ああこの人達ももうすぐ50代になるんだと思うと胸が締め付けられた。いつまで経っても自分の「親」のイメージは家を出る前の30代の人達だったので、親の老いは自分の老いよりも顕著に感じる。年老いていく親の姿は見たくないなぁ…

メールの文面がいつもより優しく遂に父は変わってしまったのかと思ったが、電話越しの父はいつも通りの無愛想で期限の悪そうな喋り方で、少し落胆した。いや、「変わってしまった」という表現が自然に出るということはどこかそれに安心している自分がいるのかもしれない…自分のルサンチマンの根底、言うなればエネルギーの源はいつだって過去の経験だったから、上手く親の変化していく様を消化出来ていないのだろう。恨みとかを原動力にするのはやめて、早く全てを許して未来への希望的な何か(何?)を原動力にしたいね…

結局私は地元には帰らず、大学に近い別の場所に引越しすることで話が落ち着いた。住む場所も光熱インターネット等の諸々の契約も全部自分に丸投げであったが、保証人になるし、どうしても金銭面で足りない事があれば少しは工面してやるとの事だった。本当にどうした、父?という感じ…ありがたいけれども…突然そこまで優しくされると不安である。詐欺か何かかと思った。人に頼るという事を極端に拒み続けてきたので(そういう風に教育されてきたので…)慣れない…元々家族ってそういうものなのか。そういう「家族」になっていきたいのだろうか…家族ってなんですかね?

 

明日から物件を探して引越しの準備をする。3月頃にも引越しを考えて物件を漁っていたが、その頃と比べて条件のいい物件が沢山あって嬉しい。5月に残っている物件は今後1年空き部屋になる可能性があるから安くなっているのだろうか。

契約変更など面倒な作業は増えたが、引越しは胸が踊る行事なのであまり苦ではない。むしろ活動的になっている。本棚の沢山ある部屋を作ろう…

 

時速36km / 素晴らしい日々